とくに意味はない

 昔々、あるところに、戦狂いの男がいました。

 男はいつでも戦場にいました。

 そしてそこで、愛用の巨大で大雑把でまるで鉄塊のような剣をいつも振り回していました。

 

 弱い人々を守るため。

 悪しき者達を倒すため。

 男はいつでも戦いの場に身を投じておりました。

 

 しかし、ある日男は思いました。

 「自分は本当に、正義のために戦っているのだろうか?」

 

 男は考えました。

 「確かに今の自分は、何かを守るために戦っているつもりだ。少なくとも、周囲の人間達にはそう思われている」

 「だが、もしも今自分が戦っている全ての敵が殲滅されたなら、そのとき自分は何を思うのだろう?」

 

 ……どう考えても、「絶望」以外の言葉が浮かびませんでした。

 そう、男は楽しんでいたのです。

 悪を倒すことに、悪を蹂躙することに、悪を制圧し征伐し討伐し誅殺し撲滅し根絶することに、心から快感を感じていたのです。

 彼は弱い者を守るために戦っていたのではなく、悪を倒すために弱い者達の味方をしていただけだったのです。 

 だから、もしこの世から全ての悪が無くなってしまえば……

 「きっと自分は生きていけないだろう

 「生き甲斐の全てを失ってしまうだろう」

 そう気付いたのです。

 

 ……その日から男は、戦場を離れました。

 そんな自分が、とてつもなく醜いケダモノであるかのように感じられたのです。

 愛用の巨大で大雑把でまるで鉄塊のような剣は、誰にも知られていない深い森の中に隠しました。

 男は、自らの暴力を封印することを決意しました。

 

 ……それから数年の月日が経ちました。

 あるとき、男は浮浪者になっていました。

 この数年感、男は普通の平民として暮らそうと、商売を始めたり、牧師になろうとしたり、農夫に、鉱夫に、様々な仕事に手を出してきました。

 しかし、どんな仕事をしてみても、うまくやっていくことが出来ませんでした。

 男はそんな自分自身に、ほとほと愛想が尽きてしまいました。

 だから浮浪者になりました。

 誰にも必要とされず、自分自身でさえ自分の価値がわからず、男は浮浪者になり果てました。

 

 ある日、男が見知らぬ森の中を歩いていると、向こうからいかにも貧困そうな農夫がやってきました。

 農夫は走っていました。

 何かを恐れるように、こちらに向かって一直線に走ってきました。

 農夫の背後からは、高級そうな甲冑に身をまとった貴族らしき男達が、農夫を追いかけているのが見えました。

 

 農夫が言いました。

 「助けてくれ!!」

 

 男は考えました。

 『関わってはいけない』

 

 農夫がさらに言いました。

 「お願いだ、助けてくれ!! 殺される!!」

 

 男は考えました。

 『この男はもしかしたら罪人かもしれない。あの貴族達は、罪人を捕まえようとしているだけかもしれない。どちらの味方をしてもいけない。どちらが正しいかなどわからない』

 

 農夫がこちらに向かってやってきます。

 男はそれを避けようと、体を横にずらしました。

 しかし農夫が男にしがみつきました。

 助けてくれ、助けてくれと叫びながら、男にしがみつきました。

 

 男は体の重心を崩し、農夫と一緒に地面に倒れました。

 そこに貴族達がやってきました。

 倒れている男と農夫を見て、貴族達は大笑いをしました。

 

 そのとき、ふと男は気付きました。

 手に何かが当たっていることに気付きました。

 貴族達の笑い声など気にも留めず、男は自分の右手の先にあるものを見つめました。

 

 ……それは、剣でした。

 大昔に自分がこの場に埋めたはずの、巨大で大雑把でまるで鉄塊のような剣でした。

 男は忘れていただけで、ここはあのときの森だったのです。

 

 貴族の一人が剣を構えました。

 男と農夫、二人を同時に串刺そうとしました。

 

 次の瞬間、貴族の体が腰のあたりで真二つに分かれました。

 男が貴族よりも先に、剣を振ったのです。

 巨大で大雑把でまるで鉄塊のような剣を、大きく振り回したのです。

 

 他の貴族達が、一斉に剣を抜きます。

 ……同時に、彼らの首から上が無くなりました。

 いつの間にか立ち上がっていた男が、巨大な剣を振り回し、全員の首を切り落としたのです。

 

 貴族達の胴体が一斉に倒れました。

 農夫はぽかーんとしたまま、しばらく呆気にとられていました。

 そして男自身が、最も自分の行動に驚いていました。

 

 男は自問自答します。

 ……何故、戦った?

 ……何故、剣を振った?

 ……何故、彼を守った?

 ……私は、何がしたい? どこに向かいたい? 

 

 それから数ヶ月の時が経ちました。

 男は、再び戦場にいました。

 彼は闘争の場に戻ったのです。

 自分のことがわからない彼は、自分のことを知るために、戦場に戻りました。

 これ以外に、自分を知る方法が分からなかったのです。

 時には自分の中のケダモノに嫌悪する夜が無いわけでもありません。

 それでも、他に方法が浮かばないので、今日も男は剣をふります。

 巨大で大雑把でまるで鉄塊のような剣を、振り回し続けます。

 自分を知るために、自分を理解するために、どこまでも、どこまでも、いつまでも……。